カフェ

ギャラリーの下に、

美味しいコーヒーを飲めるカフェがあったらいいなぁと思って数年。

ちょっとづつ準備を始めました。

今日は図面を引いて下さる建築家さんとお話が出来て一歩前進。

今は亡き晴子の夢だったカフェ。

間に合わなかったけれど、きっとどこかで見てくれてるハズ。

今日は気まぐれ商店グッズのポストカードの新作準備をしていて、晴子の文字カードを見ていたらヒョッコリこんなのが。

こんなの書いてたっけ?

でも何だか今私たちが考えていたカフェのイメージにぴったりでビックリ。

カフェの名前は晴子が言っていた言葉や、雰囲気で付けたいね、って話していたけれどなかなか決まらず。

「ようこそカフェ」

いいんじゃないですかね〜。

お客様の多い東京アトリエでよく晴子が

「よこそ〜」ってお出迎えをしてくれていた光景が蘇りました。

ちなみにカフェのテーマの一つは「受容」。

ダウン症の人たちの得意技でもあります。

おーい、晴子〜どうかなー?

広告

野村さん

久しぶりに虹を見た翌朝、

父からの電話を最初に取ったのは佐久間くんだった。

雰囲気的に訃報だなと身構えつつ、

数日前、親戚の容態が良くないと聞いたので、

てっきりそちらかと思い受話器を受け取る。

「アトリエの野村さんが亡くなったんだ。」

咄嗟にそれが誰だか分からなかったほど、

突然の知らせだった。

「え!…何で?」

「病気…。急だったから皆今知らされて、とにかく今日1時からお葬式だそうだ。」

「お通夜は?昨日だったの?」

「みんな知らなかったらしい。詳しくは誰もわからない。それじゃあ後で寄るから。」

前の晩から友人がチビちゃんを連れて泊まりに来ていたり、

その日の夜には佐久間を東京へ送り出さなくてはいけなかったり、

バタバタした中で喪服を用意する。

意味が分からない。

香典袋を用意しながら、はて、私は今なんで野村さんに香典を用意してるんだ?と、我に返る。

なんで??

ついこの間、元気にアトリエで会った野村さん。

コウちゃんのお父さん。

コウちゃんが大好きだったお父さん。

気まぐれミシンのメンバー達(保護者の皆さん)と、

ミシンの家で待ち合わせる。

コウちゃんのお母さんもミシン隊だった。

上田さんが、私の顔を見るなり顔をくしゃくしゃにして涙を流した。

アトリエのメンバーで野村さんと1番付き合いが長かったのは上田さんと高木さんだ。

ダウン症の子どもを持つ親の会を立ち上げた仲で、もう40年近くの付き合いだった。

私はいつも上田さんと野村さんのまるで夫婦漫才のような掛け合いを大笑いしながら、

余りの仲の良さを時に羨ましいとさえ思いながら眺めさせて貰っていた。

私にはこんなに何でも話せて、叱り合える友人が果たして何人いるだろうか、と、

このコンビを見るたび思わされた。

「家族同然!」と堂々と言える仲間を1人失った上田さんは、今まで見た中で1番小さく見えた。

「よしこちゃん、辛い。ホンマに辛い。」

「上田さん、大丈夫ですか。何で?何でこんな事に…。」

みんな泣いているけれど、キツネにつままれたような顔。信じられない、信じたくない、泣いたらしまいや、ホンマになる、そんな想いが入り混じって、みんな変な顔で泣いている。

私もようやく野村さんは本当に死んでしまったらしいと思い始めるも、まだ頭がフワフワして付いていけない。

身近な人が突然亡くなると、人はこうなる事を私は何度か経験して知っていたけど、

その感覚さえも否定したいほどだった。

「腰が抜けそう。肇先生、乗して。」

「私もや。」

「私もそーさせて貰うわ。頭真っ白や。」

「パパ、みんな腰抜けてるから車1台で!」

「えっ!か、片付けなくちゃ。」

慌てて肇さんの車を片付け、全員収まる。

鳥羽の斎場に向かうまで、

みんなはちょっと笑ったり、

なるべく普段どおりにしようと努めていたけど、

隣に座った上田さんはずっと

「辛いなぁ。辛いなぁ。最後に会ったんがあの時なんて悔やまれるわ。」

そう言ってハンカチで目頭を押さえていた。

私はどうしたらいいか分からなかった。

突然過ぎて涙も出ない。

頭と心と身体がバラバラになっている感覚。

斎場に近づくにつれ、車内は重い空気に包まれる。

「あ〜行きたないなぁ。嫌やわぁ」

思わず呟いた私に上田さんが「ホンマに。」と小さく頷く。

入り口の看板に野村さんの名前がある。

隣にはいつもの笑顔の野村さんの写真。

野村さん、本当に逝っちゃったの?

遺影みたいなのあるけど、冗談やめてよ、

そう思いながら中に入ると、

お母さん(奥様)と、コウちゃんがいた。

コウちゃんは赤ら顔で、いつものように私を見てニコっと笑った。

泣いちゃダメだ、コウちゃんの前では泣いちゃダメだと歯をくいしばる。

いつもなら親指を立てて「お父さん」ってするのに、

今日はお母さんを指差して教えてくれた。

分かってる、コウちゃんはちゃんと分かってる、とその瞬間に想う。

これまで何度か

親御さんを亡くしたダウン症の方や、

仲間を亡くしたダウン症の方たちと共に過ごした事がある。

20年近く付き合ってきた生徒たちだ。

その時に驚かされたのは、皆の「死の受け容れ方」だった。

ダウン症の人たちの死生観とでも言おうか。

私たちの感覚からすると「死の乗り越え方」と言ってもいいかも知れないけれど、

誤解を恐れずに言うと、

ダウン症の人たち、少なくとも私が出会った彼らは「死を乗り越える」とか、

そんな段階すら飛び越えて、

あっという間に現実を受け入れ、受容して行った様に見えた。

彼らは、その瞬間深く哀しみ、そして数日後には空にいるお父さんやお母さんに笑顔で話し掛けるだけの逞しさを持っていた。

そもそも「生」や「死」と言うことに私たちのように拘らず、

もっと爽やかにもっと軽やかに生きているんだ、と言うことを思い知らされた。

私たちはそんな光景を目の当たりにするたびに、不謹慎ながら感動すら覚えた。

それは決して知能的に死を理解していないのではなく、

むしろ人は産まれたら死にゆく運命である事を、頭ではなく心で分かっている姿だった。

なんて強く、逞しく、潔いのだろう。

毎回、例外なく驚かされてきた。

だから、コウちゃんもきっと大丈夫。

そう思える事だけが唯一の救いだった。

きっと私の方がずっと往生際が悪く、

これからも野村さんを思い出してはメソメソするんだろう、と思うと情けない。

野村さんはコウちゃんの為にグループホームを作った立派な人だったので、

アトリエも色々相談に乗って貰っていた。

まだまだ聞きたい事は沢山あったのに、

もっと色々教えてもらっておけば良かった。

後悔先に立たず。

帰りの車中で誰かが言った。

「一生懸命やっても死んでしもたら終わりや。私らも身体に気をつけやないかんな。」

一見冷たく聞こえるかも知れないけれど、

皆30年近くの付き合い。

余りに突然の仲間との別れに、

誰もが悔しくてやり切れない気持ちだったのだと思う。私ですら、悔しい。

いつも私の身体を気遣ってくれた野村さん。

料理上手な野村さん。

釣りが大好きな野村さん。

畑も田んぼも上手な野村さん。

甘党の野村さん。

優しい優しい野村さん。

優し過ぎた野村さん。

ゆっくり休んでくださいね。

これからは空に向かって話しかけるから、

ちゃんと返事して下さいね。

野村さーん!

ありがとうございました。

でも、まだだいぶ早かったですよ!!

葉山までありがとうございました!

皆さまこんにちは。

志摩は伊勢エビの季節になりました。

伊勢エビは貰うものin志摩ライフ。

もちろん活きてます。

活きた伊勢エビが跳ねる姿を見るたび、

ザリガニを思い出します。

えぇ、めっちゃ跳ねます。

逃げ足めっちゃ早いです。

一瞬で部屋の隅まで行きます。

そんな訳で、活きた伊勢エビを貰った時はどうぞご注意くださいね。

ちょっとしたホラーです。

さて、先日、サクマが葉山でトークイベントをさせて頂きました。

伊勢エビを食べさせて送り出しました。

美味しいお弁当と音楽と佐久間オヤジトーク。

会場にお越し下さったお客様の中には、きっと早くにお家を出発された方もいらしたかと思います。

お越し下さった皆さま、企画して下さった堀井様、どうもありがとうございました。

若干時差ありましたが、御礼まで。

作品整理

こんにちは〜。

今朝はピカピカお天気だったので、

冬物をたーくさんお洗濯して干した途端…

何だか雲行き怪しく。

あっという間に土砂降りにー!!

大慌てで取り込んで今日はアトリエへ。

ハジメさんに作品整理を頼まれていたのです。

絵の具が乗った紙は重たくて、移動は一苦労。

作家別に分けたり、

展示や次の企画用に作品を選出したり。

ついでに絵の具の整理も。

筆の整理もしたり。

ターンテーブルの上の絵の具やゴミ(?)をどけたらキレイでした。笑

スッキリした後はギャラリーの裏通路へ。

あ、ここ、初公開かも知れません。

プレス機がいっぱいです。

油断すると何かにぶつかる危険地帯。

ここを整理して、

これから町の子ども達や観光で伊勢志摩を訪れてくれた方々に

版画体験をしてもらえる場が出来たらなー、とハジメさんは企だてている模様。

そして私たち世代は、そこに小さなお茶飲みスペースが出来たらいいな、と企て中です。

ダウンズタウン、カフェ部門からスタートしたいと思います。

まずはキッチン小屋作りから。

その為の図面引きから…。笑

カフェの名前、何にしようかなー。

ではでは また!

台風一過

皆さんこんばんは〜。

写真は思わず車の中から激写した「耳が遠くて後ろの車に気付かないチャリ爺ちゃん」です。田舎アルアルですねー。ですよね??

速度計を見たら0キロ。

思わず吹き出しちゃいました。

こーゆーの結構好きだったりします。

その人のペースで後ろから付いてくと(へ〜こういう風に見えてるのか、この辺。)とか色々と発見があって面白いんですよね。

車って0キロでも進むんだ、とか。

それにしても台風、凄かったですね…。

いや、凄まじかったです。

皆さん、大丈夫だったでしょうか?

今まで私が経験した中でダントツの恐ろしさでした。

まさかひいお婆ちゃんに聞いていた伊勢湾台風レベルの台風を私も経験するとは…。

そして更なる恐怖は25号が発生している&進路がこっちに向きつつあること。

我が家の周りも修理工事をしているお宅が多くて、次の台風までに直さなきゃと慌てている様子。

「まーげんとするなぁ。」

訳「もうウンザリだね。」

と言う会話が町のあちこちで聞こえます。

かく言う我が家も雨どいがぶっ飛びまして。

左の長いのが、雨どいです。奥の黄色いNTTの電線カバーが庭に三個。本来は電線の高さにあるものです。縁の下に入れたプランターもなぜかあるし。

家の壁も何ヶ所か壊れてしまいました。

志摩市に最接近した時は、さすがに家が壊れて家族が全員下敷きになるんじゃないかと思いました。珍しく大型台風に遭遇した佐久間も「こういう時はあとで後悔しないように、やりたい事やっといた方がいいぞ。」とか何とか言いながら、静かにヨーグルトを食べていました。

その姿を見ながら(完全にパニクっとるやないかい!)と心で呟いた事は内緒にしておきます。

今回痛感したのは、自然が本気を出したら人間なんて為す術がない、と言う至極当たり前の事でした。そしてそんな自分も自然の一部だと言う事実。

そんな事に今更気付いた自分に驚き、どんだけ傲慢になっていたのかを思い知りました。

それほど台風は圧倒的で容赦なかったです。

同時に、漁師町のみんなの潔さの理由が少し分かった気がしました。

「えぇときゃえぇ。いかん時はいかん。」

自然を中心に生きる人たちの潔さは、

ダウン症の人たちのそれと似ている気がします。

かっこいいなぁ。

でも25号、逸れて欲しいなぁ…。

皆さんもくれぐれも気をつけてくださいね。

早めの避難、大事です!